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なぜゆっくりなのか


初めてこのブログにお立ち寄り頂いた方には、前書からご覧いただくことをお勧めします。

「8 身体操法における動作要領」、「19 姿勢と健康」でも、動作をゆっくりと練習する意味について説明をしました。全身を強調させる動作の学習が得意な脳は、意識状態が活発な時には働きにくいため、わずかな意識を動作に集中させることに用いて、他には意識が散漫にならないようにする状態で練習します。体が一部の筋力の運動エネルギーにより地面から浮いているような状態、つまり慣性で動いている状態では、反射的にその慣性に最適化した動作を行ってしまい、「動作を意識的に支配したい」という意識が隙入る余地がなくなります。ですので、慣性が働かない状態で、かつ意識で確実に全身のコントロールを行えるようにゆっくりと練習するわけです。もちろん、あくまでもこれは練習で目的の動作を修得するための方法で、実戦でゆっくり動くのはナンセンスです。

ところで、こういう理論的な説明だけではイメージがつかみにくので、今回は別のたとえを用いたいと思います。ゆっくりが肝心でも、ただゆっくりでは意味がありません。太極拳もただ言われた通りにゆっくりやっているだけでは、10年やっても20年やってもただのゆっくりな動作であって、何も習得はできません。難しい動作で無理にゆっくりだけを目的にしていたら関節を痛める危険性も高いでしょう。適度にゆっくりで初めて効果があります。以下、どれくらいが適度かという話をしていきます。

大きめのどんぶりに水をたっぷり張ります。そして、細い箸を一本だけ使ってその水をかき雑ぜます。目標は水が渦を巻く勢いで回る状態を作り出すことです。当然、簡単なことではありません。水の量に対して細い箸が一本では抵抗が小さすぎるからです。すでにおわかりかと思いますが、いくらムキになって凄い勢いでグルグルかき混ぜても、箸が水を切るだけでちっとも水は回らないでしょう。むしろ、全体に力が行き渡るように水の重さや柔らかさに合った適度な力とスピードで箸を動かすことが肝要です。体全体を強調させて動かすのもこれに似た感覚です。多くの武術家は、丹田のあたりをこのたとえ話における箸のように使うべく指導します。ここで次の話に移る前に、皆さんに少し考えてもらいたいことがあります。このどんぶりの水のたとえ話における二種類の箸の動かし方の違いをあなたならどう表現しますか?ただ「力を抜いて」とか「ゆっくり」という説明だけでは不十分ですよね。水の動きをうまくコントロールするためには、もうひとつ掴むべき大切な感覚があります。それがつかめなければ、いくらゆっくり箸を回しても、水はついてこないでしょう。ですが、暖簾に腕押しではないですが、水はやわらかすぎて抵抗感が非常に小さいため、この感覚をまだ自分でつかめていない人に口で説明するのは難しく歯痒い思いをするかもしません。

さて、新しい動作を覚えるためには、どういう動作が正しいのかその方向性を理解しながら繰り返し動作を行うことが大切です。ですから、時間をかければ誰でもできることで、非常に簡単なことです。たとえば、右利きの人に左手で箸を使えるようにしなさい、と云うのと同じことです。右手ではすでに箸を使えるわけですから、左右が逆であるだけで、正しい動作のイメージは十分に持っています。あとは、自由で滑らかに使いこなせるまで繰り返し練習あるのみですよね。身体操法において丹田から全身を強調させて動かすことも、正しい動作を繰り返し行えば誰でも体得できます。ただし、この場合、利き手とは反対の手で箸を使う練習と異なるのは、正しい動作についての明確なイメージや感覚をはじめからは持っていない点にあると言えるでしょう。ここで先ほどのどんぶりに張った水の話を思い出してみてください。同じようにゆっくりに見える動作でも、効果のある動作と効果の表れない動作、その違いは一見しただけでは分からないはずです。身体操法で学習する動作も、残念ながら一見しただけでは正しい動作と正しくない動作の違いが明確には分かりにくいものです。学習の難しさはまさにそこにあるのですが、どんぶりの中の水を回すのであれば、できるだけ力を抜いて、水の小さい抵抗が感じされるように箸をゆっくり動かすことが目的への第一歩であるように、身体操法でも、できるだけ全身の力を抜いて、自分の体の重さを感じられるようにし、丹田部を動かすことにより、他の部分がどういう重さを持って連動されるのか、その感覚をつかむことが第一歩となります。

1 前書き
2 はじめに
【分類】 意識
【概要】 基本モチーフの説明
3 凧と凧糸 意識の操作と運動 
【分類】 意識
【概要】 企みが悩みになる意識の性質
4 光のしぼり 意識の性質
【分類】 意識
【概要】 二つの意識のメリットとデメリット
5 天才とは
【概要】 天才の性質を説明し、かつ、身体操法は天才でない人が学ぶための方法と説明
6 人間の進化の本当の意味
【分類】 進化
【概要】 企てたヒト 立ち止まって、動くのを止めて考えることを選んだ
7 身体操法で目標とする動作
【分類】 動作
【概要】 意識しなければいけないのに、意識すると難しくなるという矛盾
8 身体操法における動作要領
【分類】 動作
【概要】 具体的な動作要領
9 今の時代における身体操法の意義
【分類】 文化
【概要】 意識と行動を密着させる感覚を取り戻す手段としての身体操法
10 情報の整理
【分類】文化 
【概要】 普及しにくかった理由、時代を客観的に理解する
11 手作業の意味
【分類】 進化
【概要】 進化の流れから手作業の意味を解く
12 進化の反面
【分類】 進化
【概要】 ヒトの進化のデメリット
13 どうして健康になるのか
【分類】 健康
【概要】 身体操法と健康
14 究極のパズル
【分類】 パラダイム変換
【概要】 難しくて面白いパズルを例えにした説明
15 身体操法学習上の禁止事項
【分類】 練習容量
【概要】 具体的な練習方法に関して
16 AとBの性質の理解
【分類】 意識
【概要】  Bの性質の理解と活用法
17 師弟関係とは 身体操法の普遍性
【分類】 文化
【概要】 様々な分野での活用の可能性
18 パラダイム変換に関して
【分類】 パラダイム変換
【概要】 身体操法を通じて柔軟なパラダイム変換能力を身につける
19 姿勢と健康
【分類】 健康
【概要】 姿勢と健康




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前書き


「はじめに」の前に
身体操法は大変役に立つ技術でありながら、誰でも簡単に出来て、しかもお金がかかりません。ですが、その仕組みを理解した上で学習を進めなければ余り意味がありません。また、その仕組みも、全体がわかってしまえば、これほど面白いものもないのですが(保証します)、少々難解なのは事実です。とはいえ、例えばマージャンのように、あれだけ人を魅了するゲームも、それを楽しむためには、まず少々複雑なルールを覚えなければゲームに参加できません。そういう意味で、このブログはいわば身体操法のルールブックと言えます。とわいえ、「説明書苦手だな」という人もそんなにかたくなる必要はありません。

身体操法とは、簡単に言えば常識の壁を崩す能力を身につける方法です。ですので、身体操法は、学習を進める上でもいくつもの常識の壁と向き合い、それを壊し乗り越えていくことになります。ところで、人が持っている常識には良いものも悪いものもあります。もちろん、悪い常識を取り除きたいわけですが、どういうわけか人は時々、本当は悪い常識を良いものだと思い込んでいる時があります。

例えば、何かに成功し、何かを成し遂げた人が、その成功の過程をよく他人に語ろうとしますが、「オレはあんとき寝る間も惜しんで頑張ったからね」なんていったりします。言う方も自分がいかに苦労したかを人に知ってもらうのは悪くない気分ですし、意外に聞く方もそういう努力が実を結んだ話が好きだったりします。「疲れるくらいの努力に意義がある」という、経験則から誰しもが持っている堅い常識。アリとキリギリスではありませんが、遊び呆けてはいけないという道徳観とあいまって、多くの人がこういう美談を好みます。特に日本人は陰での努力が大好きです。ですが少し考えてみてください。成功した人は何故「寝食を忘れるほどに、そのことにワクワクして没頭した」事実について語ることが少ないのでしょうか。ひょっとしたら、初めは成功できるかどうかはそっちのけで、ただ楽しいから没頭した。没頭していて気づいたら成功していた。成功したら、突然、地位と名誉とお金が転がり込んできた。これではいいことづくめで、人に話すときに少しカッコ悪い。だから、苦しんで努力したという美談にすり替えたのかもしれません。ですので、苦労=成功という誰もが認める常識は、見方を変えると、成功を阻む障害とも考えられるわけです。身体操法で崩して行きたい常識というのもこういう類のものです。「精神的にも肉体的にも疲れるくらい頑張れば何かを得られるに違いない」という常識は、身体操法学習上の天敵です。楽に成功してもいいじゃない。回り道を強いる悪い常識は取り除いていかなければいけません。だから、ルールブックを読むのが苦手な方も「そういうことか!」と楽しく読み進めてもらえれば幸いです。

また、常識を覆していく上で一つ重要な思考法があります。この思考法はたびたび用いられますので今から把握しておくべきでしょう。これも簡単な内容です。たった今、成功に関する常識について書いたところですが、このように、成功という一つの事例を、全く異なる二つの角度から眺めることで常識はゆらぎました。重要な思考法とは、このように一つのことを二つの側面から観察し、それぞれの側面から見える性質の良い部分と悪い部分を分析整理することにほかなりません。つまり、常識を覆すといっても、一方を徹底的に否定するのが目的ではなく、両側面の悪い部分を抑えつつ、良いところは引き出したいという考えです。先ほどの例で言えば、成功するための「疲労」は取り除きたいけれど、成功するための「努力」は好ましいということです。言葉の本質を見抜いて、必要な部分を認識すればこう理解できます。

身体操法とは、体を動かすことです。もう少し詳しく言うなら、意識を用いて脳から体に運動の指令を発することです。つまり、身体操法を行う上で知っておきたいルールは、これら「意識」、「脳」、「身体」、「運動」の仕組みの中にあります。では、そこに潜む常識を覆すために、どうやって二つの側面から眺めるのかというと、ここで「進化」の要素を加味します。ヒトに限らず全ての動物は、「意識」、「脳」、「身体」をもって「運動」をするのですが、唯一ヒトだけが、他のすべての動物と異なる仕組みで運動を行います。ですので、「意識」、「脳」、「身体」、「運動」の二面性を考えるために、サルがヒトに変わる過程=進化を話の軸に据えて、進化前の特質及びその長所と短所、進化後の特質及びその長所と短所を比較分析していくことになります。

これからのブログの記事で書かれている内容は、二面性を捉えているだけに、各記事が全体的な話と複雑に絡みながら進んでいくことになります。順番に繰り返し何度も目を通されると、読むたびに新しいつながりの認識が進み理解も進むと思います。また、話しのつながりが見えないようで、実は遠巻きにつながった話をしていきますので、やはり、古い記事から順番に読むことをお勧めします。その方が理解しやすはずだろうからです。ただ、ブログは最新記事から読みやすいように設定されていますので、読者の方が便利なように、ブログタイトルに番号を振り、かつどのページからも順番に読み進められるように、工夫をしておきたいと思います。お付き合いよろしくお願いします。

1 前書き
2 はじめに
【分類】 意識 【概要】 基本モチーフの説明
3 凧と凧糸 意識の操作と運動 
【分類】 意識 【概要】 企みが悩みになる意識の性質
4 光のしぼり 意識の性質
【分類】 意識 【概要】 二つの意識のメリットとデメリット
5 天才とは
【概要】 天才の性質を説明し、かつ、身体操法は天才でない人が学ぶための方法と説明
6 人間の進化の本当の意味
【分類】 進化 【概要】 企てたヒト 立ち止まって、動くのを止めて考えることを選んだ
7 身体操法で目標とする動作
【分類】 動作 【概要】 意識しなければいけないのに、意識すると難しくなるという矛盾
8 身体操法における動作要領
【分類】 動作 【概要】 具体的な動作要領
9 今の時代における身体操法の意義
【分類】 文化 【概要】 意識と行動を密着させる感覚を取り戻す手段としての身体操法
10 情報の整理
【分類】文化 【概要】 普及しにくかった理由、時代を客観的に理解する
11 手作業の意味
【分類】 進化 【概要】 進化の流れから手作業の意味を解く
12 進化の反面
【分類】 進化 【概要】 ヒトの進化のデメリット
13 どうして健康になるのか
【分類】 健康 【概要】 身体操法と健康
14 究極のパズル
【分類】 パラダイム変換 【概要】 難しくて面白いパズルを例えにした説明
15 身体操法学習上の禁止事項
【分類】 練習容量 【概要】 具体的な練習方法に関して
16 AとBの性質の理解
【分類】 意識 【概要】  Bの性質の理解と活用法
17 師弟関係とは 身体操法の普遍性
【分類】 文化 【概要】 様々な分野での活用の可能性
18 パラダイム変換に関して
【分類】 パラダイム変換 【概要】 身体操法を通じて柔軟なパラダイム変換能力を身につける
19 姿勢と健康
【分類】 健康 【概要】 姿勢と健康





姿勢と健康


初めてこのブログにお立ち寄り頂いた方には、前書からご覧いただくことをお勧めします。

もう一つ健康維持につながる要因があります。それは、身体操法で正しい動作を身につけるためには、正しい姿勢を学ばなければならないことです。

上半身で、まるで大黒柱のように身体を支えている脊髄には、そこから全身に張り巡らされる血管、神経、リンパ管が集中しています。ちょうど腰の部分にはその名も恐ろしい「命門」というツボがあるのですが、中医では腰椎の位置を身体全身を設計するエンジニアの役割にたとえて重視しています。身体は新陳代謝をしながらその時々の身体の状態に応じて調整変化をしているわけですが、この命門周囲の腰椎が曲がると、全身の設計が狂い始めることを意味しています。姿勢が少しでもよじれると、必ず脊髄のどこかに多大な負担が生じます。その部分の筋肉は背骨を支えるために緊張収縮し血管、神経、リンパ管全てを圧迫し働きを鈍らせます。癖になると、筋肉はしこり状に凝り固まり慢性的に神経を通る情報、血液、リンパ液などの流れが悪くなります。鉄筋の超高層の骨組みに少しでもゆがみがあれば、その部分には天文的な負荷がかかるはずですが、背骨にも同じことが起きています。また、ビルとはことなり、上体を支える骨組みは背骨の一本だけです。その負担の大きさもさることながら、一箇所が傾くと、一本で全身のバランスを取り戻さなければならないので、背骨はもう一箇所でもう一度逆方向へ曲がろうとします。ですので、姿勢の悪い人は、必ず脊髄に2箇所の患部を抱えることになります。そして、中医でのエンジニアのたとえの通り、脊髄のゆがみはあらゆる病気の温床となります。こういう症状を抱えると、医者は患者に日頃の姿勢に気をつけてくださいといいますが、実は、立っているときも、座っている時も、本当に正確な姿勢を意識して保つのは後述の通り非常に難しいものです。ですが、身体操法により、抗力が上半身に働く感覚を身に付けたならば、自分で一番健康によい姿勢を保つことができるようになります。そして、この姿勢は本当に身体に楽なものなのです。

実は、正しい姿勢といっても、人は動きながらその時々で色々な姿勢をとりますので、例えば各関節の角度の取り方というような外からの見た目の決まりだけで全身の姿勢を一つの形に確定するのでは、複雑に数字が増えるだけで実行するのは非常に困難です。仮に、癖で本人はまっすぐに立っているつもりでも、実際は少し傾いているとしたら、その姿勢を基準にして、腕や腿などが地面と水平であるか、垂直であるか、という全ての数字が微妙に狂ってしまいます。

ですので、一見大変なようでも、あらゆる動作・姿勢の時にも、基準となりえる計測器とそれを読取る感覚を身につけてしまう方が、圧倒的に楽だといえます。

原始的な器具としては、水を充満した透明なガラスの筒に気泡を一つ入れ、その気泡の位置から水平であるかどうかを測る水平器。飛行機のパイロットが上下左右の方向感覚を失わないために用いるジャイロスコープ。最近は複数の人工衛星を使用して位置を特定するGPSがあります。姿勢の確認にこうした器具を用いるわけではないですが、自分の身体に働く重力を用いる点はこれらの器具に似ているといえます。どんな姿勢でも重力は地面に向かって真下に働きますから絶対的な基準となります。あとは、その力に対して身体がどういう位置関係にあるかを認識できる鋭敏な感覚を身に付けさえすれば、どんな動きをしていてもきちんと機能します。

とはいえ、どうしてそんな感覚を身に付けることが可能なのかということを理解してもらうためには、もっと具体的に身体操法で求める動作について説明を加える必要があります。

整と散

中国語で動作の良し悪しを表現する時に用いる形容詞でお互いに反義語になっています。日本語でも読んで字の如くですが、「整」は全体がまとまっている状態を表し、「散」は全体にまとまりがなく散らばっている状態を表します。つまり、全身が協調して動けているかどうかが非常に重要ということです。

この全身の動作の協調により、2つのことが可能になります。
1つは、小さな動きでできるだけ大きな力を生み出すこと、
もう1つは、重力に対する抗力の利用です。

以下の数字は大雑把なものでしかありませんが、内容の理解には役に立ちそうです。例えば成人男性が腕を大きく振りかぶった位置からストレートパンチを放ったとします。仮に、片腕の重さを5kg、運動距離を30cmとしてその乗数150をエネルギーの大きさとしたとします。この場合、拳先の稼動域が大きいのに対し肩のそれは小さいでしょうし、肩口からそれ以外の身体がどれくらい動いたのかを計算に入れていませんから全く正確とはいえませんが、簡単に考えるためにそれらの要素をいったん無視します。

一方で、体重70kgの男性が、身体全体を同時に同一方向へ3cm動かしたとします。この場合のエネルギーは70kg×3cm=210となります。

少し乱暴な計算ではありますが、小さな動きで大きな力を出すとはこういうことで、全身の動作の協調がなければ実現不能です。ですが、逆にこれができたならば、力の大きさとは裏腹に、動きは読取りにくくなります。つまり、敵の視点からすれば、攻撃が当たるまでの変化が読取りにくく防御しにくいことになります。一方、この動作を外見から真似て学びたい人にとっては、かなりの困難を強いることになります。どう動いているのか見えにくいからです。では、実際問題としてどうやってそんな動きを体得するのかという疑問が湧くかと思いますが、その解答は少し後回しにして、全身の協調動作の2つ目の目的である、抗力の話を続けたいと思います。

重力が働き身体は地面に圧しつけられている状態ですが、地面は逆にそれに反発する抗力が働いて均衡を保っています。体重が70kgの人ならば、地面から真上に向かって70kgの抗力が働いていることになります。これはかなり大きな力で、もしもこの抗力が地面からまっすぐ腕の先(つまり手)或いは、頭のてっぺんまで伝わったら作用は大きいはずです。ですが日常でこれを感じることは少ないでしょう。体感としてなかなか分かりやすいたとえがみつからないのですが、人と遊ぶのが大好きな大型犬(子犬5~成犬15kg)が後ろ足で立ち上がってぶつかってくる力の大きさなら実感された方もいるでしょうか。これが全身が協調して出る力です。人は通常こういう力の使い方をしません。「手作業の意味」で書いた通り、ヒトのヒトとしての発達は、下半身と上半身の動作の分離により自由に手作業ができることになったことに始まります。つまり、下半身と上半身の分離は、抗力が地面から上半身へ直接伝わらないためのショックアブソーバーの役割を果たしているともいえます。この力がいつもいつも手先まで伝わっていたら、とても指先を使った細かい作業などできません。ですので、ヒトにとっては、抗力が分断される状態が自然で、絶えず全身に抗力が伝わるような動作は不自然だということです。少し話はそれますが、みんな自分の周りに空気が充満していることを当たり前の科学知識として知っています。ですが、この科学知識が当たり前でなかった時代には、一般の人々が空気という物質の存在を自覚するのは非常に大変だったに違いありません。抗力についても同じようなことがいえます。実は、ヒトはこの抗力を非常にうまくいなして歩いたり、手作業にいそしんだりしているわけですが、その状態が空気のように意識せずともできる状態であるため、その存在を感じるのが非常に難しいのです。例えば、やっと立ち上がることができた赤ちゃんが、一歩足を進める様子を想像してみてください。ドスンッと全身の重みが伝わりそうな勢いで足を踏みしめています。続けて数歩歩けくことに成功した赤ん坊は、スタスタスタスタとまるで綱渡りでもするようにバランスを崩すまで一息で歩き切ります。これは何を意味しているのでしょうか。前者の第一歩は、まさしく重心の乗っかった重い一歩です。赤ちゃんの全身がブルッとぐらつく勢いがあります。後者の状態の理解のために、もう一つ寄り道をします。よくしなる竹ざおを肩で天秤担ぎにして、そのさおの両端に重い荷物をぶら下げて荷物を運んでいる人たちがいます。(中国南部では今でも見かけられるのですが、日本ではどうでしょうか。)初めて目にすると、竿の素材が竹ではしなりすぎて運び辛そうに感じるのですが、当の本人たちはそうでもないそぶりです。傍から見ていると、その竹のしなるリズムが面白いものです。よく見ていると、どうしてわざとしなる竹ざおを使っているのか理解できます。両端の荷物の重みで竿が下にしなっている時には、重心移動を控え、竹の自然のしなりで荷物が上に持ち上がっている時(この瞬間、荷物は限りなく0kgに近い重みとなる)に、すっと次の歩を進めて身体の重心移動も完了させています。極端に言えば、肩に重みがかかっている時は立ち止まり、荷物が宙に浮いた状態の時に歩を進める、この2動作を滑らかに続けて歩いているわけです。実は、人は荷物を背負わずに歩いている時も、この作用を利用して歩いています。でなければ、先ほどのやっと立ち上がった赤ちゃんと同じで、一歩一歩がドシンドシンと重くなり、とてもではないですが体力も身体もその衝撃に耐えられません。身体の自重だけでも十分に重いからです。ですので、この状態を避けるべく、身体が宙に軽く浮き上がる状態を作り出すための上方向への蹴りと、前方へスッと重心移動させるための水平前方方向への蹴り、いずれも後ろ脚の筋肉で地面を蹴るわけですが、脚の筋肉をこのように使い分けてながら、後は全身に働く慣性をうまく利用して、できるだけ少ない衝撃で、かつ、最も労力がかからないように歩く方法を身に付けているわけです。つまり、後者の赤ん坊のように、綱渡りでもするように、続けざまにスタスタ歩いているのは、今の説明のようにかなり難しいタイミングを計りながら、高度な歩法を習得中と考えられるわけです。

さて、こんなに難しい歩法ですが、いざ修得できてしまうと、今度は空気のように当たり前になり、今度はその難しさが理解できなくなります。まして、できなかった時の身体の使い方を復元するのは容易ではありません。ここで一つポイントとなるのは、重心を楽に移動させるために、身体が宙に浮くように上方向へ蹴り上げる力です。もちろん、本当に足が地面から浮くほどに真上に蹴り上げて歩く人はいませんが(上に蹴り過ぎれば、今度は前方へ進みにくくなるため)、意味は理解してもらえるかと思います。この、身体が宙に浮くような状態の時は、もちろん地面から抗力から逃れている状態です。例えば、この状態でパンチを放っても対して力は伝わらないでしょう。いくら、攻撃方向へ身体全体を早く動かしても、必ずしも重いパンチになるわけではない理由はここにあるといえます。身体操法で学習する歩法は、この慣性を取り除いた歩き方を身に付け、地面からの抗力が上体に伝わるようにします。今となっては自分が赤ん坊の時に踏み出した一歩の興奮と衝撃を覚えている人はいないでしょうが、その感覚を意識的にもう一度身体に復元させるわけです。ですが、その重い一歩を想像すれば分かるとおり、抗力が上半身に働いている状態で、一歩を踏みださざる終えなくなるほど身体を傾けるのは非常に危険です。その衝撃は、地面に足が着地した時に、傾いた体のどこかに衝撃として伝わるからです。赤ん坊はこれを試みて一歩一歩の感触を覚えるわけですが、大人がこれをやったら身体に対する衝撃が大きすぎます。従って、身体は重力に対してまっすぐに姿勢を保つように、かつ、身体には極力慣性が働かないように、できるだけ後ろ足で地面を蹴らないようにして前進します。

ようやく話を冒頭の内容に戻しますが、全身に抗力が働く状態をしっかり認識できるようになれば、それを元に、自然とまっすぐな姿勢を保つコツも掴めるようになるというわけです。

1 前書き
2 はじめに
【分類】 意識
【概要】 基本モチーフの説明
3 凧と凧糸 意識の操作と運動 
【分類】 意識
【概要】 企みが悩みになる意識の性質
4 光のしぼり 意識の性質
【分類】 意識
【概要】 二つの意識のメリットとデメリット
5 天才とは
【概要】 天才の性質を説明し、かつ、身体操法は天才でない人が学ぶための方法と説明
6 人間の進化の本当の意味
【分類】 進化
【概要】 企てたヒト 立ち止まって、動くのを止めて考えることを選んだ

7 身体操法で目標とする動作
【分類】 動作
【概要】 意識しなければいけないのに、意識すると難しくなるという矛盾
8 身体操法における動作要領
【分類】 動作
【概要】 具体的な動作要領
9 今の時代における身体操法の意義
【分類】 文化
【概要】 意識と行動を密着させる感覚を取り戻す手段としての身体操法
10 情報の整理
【分類】文化 
【概要】 普及しにくかった理由、時代を客観的に理解する
11 手作業の意味
【分類】 進化
【概要】 進化の流れから手作業の意味を解く
12 進化の反面
【分類】 進化
【概要】 ヒトの進化のデメリット
13 どうして健康になるのか
【分類】 健康
【概要】 身体操法と健康
14 究極のパズル
【分類】 パラダイム変換
【概要】 難しくて面白いパズルを例えにした説明
15 身体操法学習上の禁止事項
【分類】 練習容量
【概要】 具体的な練習方法に関して
16 AとBの性質の理解
【分類】 意識
【概要】  Bの性質の理解と活用法
17 師弟関係とは 身体操法の普遍性
【分類】 文化
【概要】 様々な分野での活用の可能性
18 パラダイム変換に関して
【分類】 パラダイム変換
【概要】 身体操法を通じて柔軟なパラダイム変換能力を身につける
19 姿勢と健康
【分類】 健康
【概要】 姿勢と健康




パラダイム変換に関して


初めてこのブログにお立ち寄り頂いた方には、前書からご覧いただくことをお勧めします。

「心は体の主人である。この主人を静かに安らかにさせておかねばならぬ。体は心の下僕である。動かして働かせねばならぬ。心が安らかで静かだと、体の主人たる天君はゆたかで、苦しみなく楽しむ。」貝原益軒

いい言葉なので、とりあえず冒頭に載せてみました。

さて、これまで説明を明確にするために、便宜上、意識できることをA、意識できないことをBと区切ってきました。ですが、「光のしぼり 意識の性質」で書いたとおり、意識には光と絞りの関係のような性質がありますので、意識を照射する対象がたとえ同一のものであったとしても、今は意識できるが、別の時には意識できない、或いは逆に、今は意識できないが、別の状況下では意識可能だということも起こります。つまり、同一事象でも、その時々でAの範疇にもBの範疇にも入れ替わる可能性があるということです。

科学というのはどんどんと未開拓の分野に研究の裾野を広げて明かりを照らし、この世から暗闇を駆逐しているイメージがありますが、人のオンタイムの意識には必ず光を照射できるAの領域と、盲点となるBが存在し、それが消えてなくなることはありません。たとえば、実際に私もBの性質についてこれまで繰り返し説明をしてきましたので、それについて読まれたかたは、これまではBの領域に属していた事象に対して以前よりもっと意識をしやすくなったことと思います。ですが、机に座ってPC画面の文字を追いながら、その内容に意識が届いている状態と、それを実地で使用するのでは条件が全く異なります。特に、身体操法を行っている最中にその意識状態を維持するためには、動作を伴っているため、必然的に脳が身体全体の動作調整にさく意識領域は大きくなり、それ以外の部分に使用できる枠は減少してしまいます。それに、もし仮に練習環境の騒音がひどく、目障りな通行人がいるとか、あるいは、他に心に引っかかる心配事がある状況下では、なおさら意識したいことに意識を照らすのは困難となります。つまり、頭では分かっていても実際に意識したいことへ意識を持っていくのはそれほど容易ではないということです。

これまで、基本モチーフを用いて、通常相容れないAとBが協力するメディアCを築くということを目標として説明してきましたが、この目的は、Cを介してBに関する知識をつけて、Aの意識が届くようにして、Bをなくしてしまうこと、ではありません。上述したとおり、Bをなくすのは不可能なことです。本当の目的は、従来であればAが働きにくい条件下でも、Bが以前に身体(本当は身体ではなく、線条体などの脳幹)に残した情報を頼りに、その場で最適の反応(判断や行動)ができるようにすることです。Bは意識の影でありながら、同時に行う運動に関する情報を並行して記憶再生させることができ、これはAにはできない離れ業です。そして、動作を再生させた時には、逆にその動作に付随して付いているひも(Aが記憶する情報につながるひも)が引っ張られるという仕組みです。これは、日頃からAとBをきちんと訓練していなければ到底できないことです。Aが反応できない状況でも、身体を動かしながら自ら環境を変化させて情報を収集し、次への行動とつなげるわけです。よく考えてみれば、仕事上でも、前情報の少ない新規客への対応、意表をついたクレーム、新しい業務への転籍、より責任の重い判断が必要となる仕事の請負、仕事以外の突然の不幸やトラブルなど、Aが反応できない状況など日常茶飯事です。あなたはそういうときに自分が望むような対応ができていますか?ふと、こんな風に考えてみるのも意味のあることでしょう。

Aの領域に対応知識の貯えのないアクシデントに見舞われた時、自分の中のA分野にだけ頼っていたらパニック状態に陥るか、あるいは、パソコンでいうところのフリーズに近い状態に陥るでしょう。ここで、自分のB分野に指揮権を明け渡せる信頼関係を日頃から築き上げていたならば、対応はまるで違ってきます。身体操法で学びたいことの一つは、いざという時に、Bを無視したり、Bからの解決という可能性を排除せずに働かせる余裕を持つこと、また、それだけの柔軟性としなやかさを自分の中に蓄えることにあります。「7つの習慣」という世界的ベストセラーの著書であるコビー博士はこの能力を、パラダイム変換の能力と言っています。同書籍に、とてもわかりやすい事例がありますので、かいつまんで紹介します。

コビー氏がニューヨークで仕事の移動中に地下鉄を利用していた時のことです。乗客もそれほど多くなく非常に静かな時間帯でした。コビー氏はこの時間を利用して考え事をしようと思っていました。ところが、ある駅で、中年の男性を筆頭に5、6人の子供が乗車してきました。子供たちは大声でわめくは、遊びまわるはで、静かな時間は台無しになってしまいました。さらには、喧嘩を始める子供が出てきたり、他の乗客が読んでいる新聞紙を奪う子供まで出てくる始末です。コビー氏はできるならば何もいいたくなかったのですが、抑えきれずに、その子供に同行しているらしい男性に声を掛けました。
「失礼ですが、あなたのお子さんたちですよね。どうして何も言わずに放っておくんですか?」
すると、その男性は大変元気がなさそうに、そして、すまなそうに次のように言いました。
「あぁ、そうですね。すみません。あなたのおっしゃる通りです。ですが、たった今病院から出てきたところなのですが、子供たちの母親が亡くなったところで、私にもどうしていいのかわからないのです…」

この言葉を聞いた瞬間に、コビー氏はたった今まで考えていたこととは逆の気持ちにとらわれていました。私からこの男性になにかしてあげられることはないのか、という強い気持ちです。

コビー氏が目にした事実は一つしかありません。ですが、その事実を捉えている思考の枠組み(パラダイム)ががらりと変わることで、同じ事実に対する自分の対処の仕方がまったく変わってしまうという一つの好例です。コビー氏の場合、この時は偶発的にパラダイム変換が誘発される事例に見舞われたと言えます。もしこのストーリーの後半部分の展開を事前に知らなければ、ほとんどの人が、このうるさい子供たちに対してコビー氏と同じような気持ちを抱いた、あるいは、同じ行動をとったのではないでしょうか。コビー氏は、偶発的なパラダイム変換に頼らなくとも、自発的にパラダイム変換を行える能力があれば、おのずと問題解決能力が上がり、誰でもより良い未来を築いていけるはずだと唱えています。

身体操法では、ヒトとして当たり前の動作反応がおこる仕組みを、まずは知識として客観的に認識した上で、一方でその反射反応を利用しつつ、かつ、人口的な動作を融合させることで、常識的にはできないはずだと思っていた新しい動作の完成を目指します。この過程で、これまで自分の体を通して当たり前だと思ってきたことがどんどん崩壊していくのを味わうことでしょう。自分の身体で常識の崩壊を実感し、そこからAとBを融合させた合理的な動作を、これもまた自分の身体で確認しながら自分の手で構築していく。コビー博士の話は、パラダイム変換の知識的な理解には、これ以上ないくらいのよい教材です。多くの人がこの話を読めば、パラダイム変換とはどういうことをいうのか頭では理解できるでしょう。ですが、いくら感動しても、その感動を日常の行動に転換できなければ日を追うにつれこの話の重要性を忘れていくに違いありません。身体操法で味わうことのできるパラダイム変換は体全体で時間をかけて養っていくものなので実にソリッドです。目的の動作を完成させることができれば、そのパラダイム変換の記憶を脳と体に一生刻み込むことになるでしょう。そして、「身体操法学習上の禁止事項」の一つとして、「競争すること」を挙げて説明したように、パラダイム変換を身体学習の大きな一つの目的と捉えた場合、修得の遅い人ほど、その人が自分の体に持つ常識の壁が厚い可能性を示していて、つまり、壁が厚く、修得がより困難なほど、修得できた時にはそれだけエネルギーの大きなパラダイム変換が起きることを意味しています。ですから、学習を始めた人が、人よりも理解が遅いと感じてもまったくひけ目を感じる必要はありません。目的をしっかりつかんでいればそれでいいと書いた理由はそこにあります。

ブログ記事の第一回目「はじめに」で身体操法の紹介として、
面白い
頭がよくなる
運動能力が上がる
健康になる
経済的
一生飽きない

と書きました。ずいぶん遅くなりましたが、「頭が良くなる(=能力開発)」と書いたのは、このような理由からなのです。

1 前書き
2 はじめに
【分類】 意識
【概要】 基本モチーフの説明
3 凧と凧糸 意識の操作と運動 
【分類】 意識
【概要】 企みが悩みになる意識の性質
4 光のしぼり 意識の性質
【分類】 意識
【概要】 二つの意識のメリットとデメリット
5 天才とは
【概要】 天才の性質を説明し、かつ、身体操法は天才でない人が学ぶための方法と説明
6 人間の進化の本当の意味
【分類】 進化
【概要】 企てたヒト 立ち止まって、動くのを止めて考えることを選んだ
7 身体操法で目標とする動作
【分類】 動作
【概要】 意識しなければいけないのに、意識すると難しくなるという矛盾
8 身体操法における動作要領
【分類】 動作
【概要】 具体的な動作要領
9 今の時代における身体操法の意義
【分類】 文化
【概要】 意識と行動を密着させる感覚を取り戻す手段としての身体操法
10 情報の整理
【分類】文化 
【概要】 普及しにくかった理由、時代を客観的に理解する
11 手作業の意味
【分類】 進化
【概要】 進化の流れから手作業の意味を解く
12 進化の反面
【分類】 進化
【概要】 ヒトの進化のデメリット
13 どうして健康になるのか
【分類】 健康
【概要】 身体操法と健康
14 究極のパズル
【分類】 パラダイム変換
【概要】 難しくて面白いパズルを例えにした説明
15 身体操法学習上の禁止事項
【分類】 練習容量
【概要】 具体的な練習方法に関して
16 AとBの性質の理解
【分類】 意識
【概要】  Bの性質の理解と活用法
17 師弟関係とは 身体操法の普遍性
【分類】 文化
【概要】 様々な分野での活用の可能性
18 パラダイム変換に関して
【分類】 パラダイム変換
【概要】 身体操法を通じて柔軟なパラダイム変換能力を身につける
19 姿勢と健康
【分類】 健康
【概要】 姿勢と健康



師弟関係とは


初めてこのブログにお立ち寄り頂いた方には、前書からご覧いただくことをお勧めします。

AとBの協力関係を築くために、A、Bそれぞれの性質をこれまで色々と説明してきました。AとBの関係や仕組みが理解できれば、協力関係を築きやすいと思うからです。

ところで、誰に教わることもなく自力でAとBの協力関係を築くことに成功した人がいたとします。その人も当然、その理論的な説明をすることができません。ですが、理屈抜きで効果だけを得る方法まではっきりさせたとします。今回はこういう視点から話を進めてみたいと思います。

理屈抜きで教えるのには非常に困難を伴います。なぜなら、人間は、特に見た目でその効用が理解できない行動に関しては、理屈が理解できなければ、それに服従し難い性格を持っているからです。「尿を飲めば健康になる」と指導されても、普通の人はその科学的論拠が納得できなければその方法の実行に同意しないでしょう。たとえ、そう指導する人には絶大な効果があったとしてもです。そして、指導者からは、生徒の実行方法が正しいかどうか常に細かい指導が入ります。例えば、「自分の尿でなければ効果がない」とか、「1ヶ月以上毎日継続しないと駄目だ」とか、「朝一番の尿でなければ意味がない」とかです。ですが、生徒の方では、間違いを指摘されても、どちらがどう正しく、どう間違っているのか理解できません。どうしてそういう方法をとらなければならないのか、理論的な理解ができないので、効果を自覚できる段階に至るまでは、具体的な方法に関して正しい方向性を自主的にはつかむことができません。

ところで、生徒が望む効果を得るためには、たとえその理論が分からなくても、もうその方法に従う以外他に方法が全くなかったとします。その状況下において、教える側と教わる側はどういう風になってしまうでしょうか。教える側は具体的なやり方だけを学ばせるが、生徒には一切の説明を加えない。生徒の方は、教える側の言う通りにするが指導者には一切質問をしない。理屈で理解し合うことができない場合、質問や説明は意味を成さなくなりますので、こうなってしまいます。たとえば、その内容の修得に必要な標準年数が10年だったとします。この長期間にわたり師弟関係が成立するには、それなりの条件が必要です。たとえば、その一つは強制です。その関係を選ばざるを得ない立場にある。もう一つは、信頼です。指導者が過去に大変な実績を持つ権威者である場合。あるいは、指導者が人間的に全幅の信頼を置ける人物である場合です。

師匠の言うことには絶対服従で、それについて質問することすら許されない。習うより慣れろ。技は見て盗め。なんかどっかで聞いた話ではないですか。すでに古臭く感じられるかもしれませんが、日本の伝統職人や芸事はかつてはこのようにして教えられてきたはずです。

あくまでも、個人的な空想の枠を出ないのですが、仮に師匠が弟子に本当に伝えたいことが、ただの理論的な知識や技術(つまりA的な知識や技術)ではなく、さらに一段レベルの違う知識体系(AとBの協調関係を築きそれを利用すること)だったとしたら。私はこの空想があながち大ハズレではないと思っています。

もし、長期の師弟関係を築く中で、お互いに人間的な信頼関係を得て、一切の理屈を介さずに、人間が得ることができる知識の中でも最も最高級の部類に属する知識体系を教える/学ぶことができたならば、それを成し遂げた時の双方の感動はひとしおでしょう。

もちろん、こういう主従関係は、そうしたきれいごとだけでは済まされない可能性も非常に高いものです。生徒は先生に絶対服従することが建前ですから、指導者側はその力を笠に着て本来教育とは関係のないことを生徒に強制させるのは糸も簡単なことです。また、指導者がその道の権威であれば、その威光を利用して、生徒から不当にお金を集めるのも簡単です。そして、そういうことは本当にあったでしょう。こうした師弟関係に基づく学習方法が現代において廃れてしまった原因として、以下のことがあげられるでしょう。一つは、科学の発達により、昔の知識や技術自体が淘汰されてしまった。生産関係の技術に関しては、これが大部分を占めるでしょう。もう一つは、ただ食べて行くだけならば、Aの知識と技術だけで十分だとして、それを習うために科学的説明のない師弟関係を結ぶのでは学習効率が悪すぎる。もう一つには、権威ばかりが先行して、実際にはたいした知識も技術も持ち合わせていなかった人が、科学分析によりその無効性を明かされてしまった。

ですので、こういう師弟関係を現代人も取り戻すべきだとは、私は毛頭も考えていません。ですが、一方で、かつてそうした師弟関係のなかで何かを教えたり学んだりした人たちには、ただの技術や知識を超えたものを伝承した人もいたのではないかと推測していますし、また、そうだったという仮定で、とくに過去に長く継承された文化に関しては、その意味をもう一度考察してみるのは価値のあることだと考えています。これを考察する上で面白い点は、そうとあからさまに分かる表現形式が残っていないことです。むしろ、逆説的ではありますが、科学的な解釈だけでは、なぜ昔の人がそのことに深く執着したのか不思議だと思われる文化ほど、(大げさに言えば、科学的には胡散臭いものほど)本物であった可能性は高いのではないかと思われる点です。

とはいえ、私がそう考えるのにも少しは根拠があります。上にも記述した通り、伝統工業や芸事に多く師弟関係が見出されたのですが、いずれの場合も、道具を用いて、毎日長時間の肉体作業を伴うものです。そして、その過程で生産されるものが実用だけの枠を超えて、美を生み出すまでの技術を伴うとしたら、標準的な合格基準を超えたアナログ的な違いを出せないと世間から評価されないでしょう。そして、肉体作業により何かを生産する場合、力が必要であるのは間違いないのに、ただ力を入れるだけでは、理想とする生産ができない状況が生まれます。そして、生産に際して、同じ動作を長時間繰り返す必要がある場合、高い生産効果を維持しながら、最も疲労しにくい体の使い方を修得することが肝心となります。そして、「手作業の意味」でも記載した通り、もしも、その理想とする動作が、動物的な身体全体を協調させたものだとしたならば、道具を用いた、つまり、手作業が中心の動作との融合は、人にとってもっとも修得の難しい動作だということになります。

この技術は、A的な説明だけでは伝達不能です。ですので、これを本当に伝承していたのだとしたら、やはり、AとBを協調させる秘訣を伝承させていたと考えられるのです。それは、その分野での最高の技術であると同時に、分野を超えて人が自分の人生の舵取りをするための秘訣だったと思うのです。

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AとBの性質の理解


初めてこのブログにお立ち寄り頂いた方には、前書からご覧いただくことをお勧めします。

AとBそれぞれの性質を理解しておくと、協力関係を築きやすいといえるでしょう。

Aは、意識的、理性的、部分的、時系列的、一点集中、空想的
Bは、無意識的、感情的、包括的、現在と密着、並行処理、行動的

これを見ると、Bは飼いならされていない野生の動物のような感じがして、粗野で頭が悪くとっつきにくいと思われた方もあるかもしれません。決してその印象がまるっきりハズレているわけではないのですが、そんなに嫌な奴ではなく、うまく付き合うと大変好ましい存在です。

ポイントは、AもBもカラダがなければ何も行動できないことです。そして、カラダを健康で元気にさせておくことは、Aにとっても、Bにとっても望むところです。だから、AとBはお互いを直接認識することができなくても、カラダをメディア(媒体=仲介)として、その変化を感じ取ることで、その意思と行動を確認することが可能です。そうすれば、Aは徐々にBが喜ぶであろう状態を故意に作ってあげることができるようになりますし、Bの方も、Aが予想もしていなかったような能力を発揮してくれるようになります。こうなればしめたものです。A寄りだった(Aへの依存が高かった)人は、多くの仕事を安心してBに任せられるようになり、必要な時にしっかりとAを休めることができるようになります。こうなるとAのパフォーマンスも上がります。現代は、どちらかといえば、A寄りタイプの人がB寄りタイプの人よりも多いでしょう。社会がA能力の引き出しを強く求め、また、その結果を高く評価しているからです。

ところで、Aの性質については理解しやすいことばかりですから、ここでまたBの性質について説明を続けます。仮に、小説あるいは脚本を書いているとして、新しい登場人物のキャラクター設定を始めたとします。その人物の性格として、上述のBの性質を書き出したとしましょう。無意識的、感情的、包括的、現在と密着、並行処理、行動的(人物の性格設定としては多少無理がありますが、ちょっと変なところは気にしないこととします)。確かに、マイペースでとっつきにくい感じがしないでもないですが、感情的であるのは、度を過ぎなければ好ましいことですし、鋭い分析が苦手でも、全体を包括的に把握できるところも評価できます。それに、緊急事態に遭遇して、次に取るべき正しい行動に関する情報が少ない時でも、取り合えず動きながら情報収集を続けてくれそうです(現在と密着、並行処理、行動的)。こう考えるとBがかなり優秀な奴に見えてくるのではないでしょうか。とはいえ、あまりBに仕事を任せて野放しにしておくと、「腹減った」とか、「疲れた、眠たい」とかいいたいことを言って怠けようとしますので、注意は必要です。けれど、「腹減った」とか、「疲れた、眠たい」とかって遠慮せずに言えるのも愛嬌ですよね。

身体操法は、まさにそのメディアであるカラダを用いた学習ですので、Bとの協力関係を認識するのに最適と言えるます。たとえば、一つの動作を行う時に、同時に注意したいことが10あったとします。どれも日常で注意したことがないものなので、そのうちの一つをしっかり守るだけで精一杯かもしれません。この動作を繰り返すのはなかなか容易ではありません。ですが、そんなに難しいと感じていた動作が二日目には、余り苦労もせずにパッとできていたりします。これはBが記憶してくれた結果です。そして、意識的な苦労がなくてもこの動作がこなせる状態では、二つ目の動作目標に意識を集中させることが可能になります。意識が一度に集中できるのは一つだけですから、欲張らず、その時の目標を一つ定め、そこに意識を集中させて正しい動作を求めながら、動作を繰り返し、一つがしっかりできるようにします。一つができたら、二つ目、二つができたら、三つ目と、こうして一歩一歩目標をクリアしていきます。そして、最終的には一度の短い動作で10の要点を同時にこなせるようになるのですが、これができるのは、Bの並行処理能力のおかげというわけです。

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身体操法学習上の禁止事項


初めてこのブログにお立ち寄り頂いた方には、前書からご覧いただくことをお勧めします。

身体操法の学習には、基本的に複雑な学習資材や器材は不要ですし、運動場などの広い場所・専門の設備も不要です。八卦掌(中国武術の一流派)では、1頭の牛が寝るスペーがあれば十分に練習できるといい、その狭さを強調しています。また、どこまで真実かは定かではありませんが、中国武術の古い名拳士/郭雲深が、牢獄において3年間手かせ足かせをされた状態で、一つの動作を練り続けたという有名な逸話があるほどです。学習にお金のかからない身体操法ですが、深い内容が一見するとシンプルな動作の中に込められているため、正しい方法で学習することは非常に重要です。今回は、学習を進める上での、次の注意事項について説明します。

◇呼吸を意識的にコントロールしない。自然に呼吸する。
◇体が痛いのに練習を続けない。身体のどこかが痛んだら練習を止める
◇精神疲労時に無理して練習しない。意識的な動作に集中できない時は、集中できるまで休む
◇競争しない

今思いつく重要な点はこれくらいです。順に説明を加えたいと思います。
◇呼吸を意識的にコントロールしない。自然に呼吸する。
呼吸をするとお腹や胸が膨らんだりへこんだりするので、この動作の時は吸った方が動き易い、或いは、吐いた方が動きやすいということは確かにあります。ですが、緊張の取れた状態でいれば、ベストの呼吸のタイミングは身体が自然に計ってくれますのでわざわざ意識する必要はありません。ただでさえ、意識しにくい動作を学習しようとしているわけですから、呼吸に気を使うのは練習の妨げとなります。
また、いわゆるハァハァと「息をつく」状態になってもいけません。その理由の一つは、息苦しくなると、求める動作に意識が集中できないからです。もう一つは、身体操法が目標とする動作(運動)は、いわゆる一般的な運動(スポーツ)が求めるものが違うことに起因しています。息苦しくなるところまで身体を追いつめる運動では、その分だけ肺機能や心臓に負荷がかかり疲労しますが、人の身体は、疲労から回復した時には、以前よりも少しだけ大きな負荷に耐えられるように器官が発達する機能があります。つまり、呼吸の場合、肺活量が上がるとか、心臓が一回のポンピングで送り出せる血流量が増えるということです。一方、身体操法では、そういうことを目標としていません。できるだけ少ない呼吸量で、全身に均等で十分な酸素と栄養を送り込める身体作りを目指しています。運動量が低い状態でありながら、身体が心地よくぽかぽか温まってきたとしたら、それが望んでいる状態ということです。逆に、精神的なストレスによる頭部への血流の集中や、局部筋肉への偏った負荷による血流の滞りは、忌み嫌うところとなります。

近年ある科学者が呼吸と寿命の関連について、非常に興味深い論文を発表しています。哺乳類の最大寿命は、人間なら120歳くらい、象ならおよそ70歳、ハツカねずみならば3年という具合に、種によって決まっています。それでは、何によってその最大寿命が決まるのでしょうか。研究によると、哺乳類ならばどの動物も、一生の間に心臓が約20億回、呼吸は5億回行なうことが判明しています。そして、一方で、心臓が打つ時間の間隔を、ネズミ、ネコ、イヌ、ウマ、ゾウで測り、体重を計測して、各々の動物の体重と時間との相関性を計測すると、時間は体重の1/4乗に比例している事が解明されました。つまり、体重が増えると心臓が打つ時間の間隔が長くなるのです。酸素は生命活動に必須の要素ですが、同時に老化に関係している活性酸素はこの呼吸と寿命に深く関係しているのかもしれなません。

つまり、呼吸をするとは、生きるのに不可欠な行為でありながら、イコール、活性酸素で身体を老化させているともいえるわけです。一生の心拍回数や呼吸回数の上限も決まっているわけです。身体操法では、むやみに残りの回数を減らすような運動を目標としていません。

ところで、理屈ではわかっているものの、苦しくなれば運動ではないと感じる方も少なくないでしょう。私もその口でした。私は、入門して二年目の夏に老師との待ち合わせまでの時間がくるまで、ひなたで基本練習を行っていました。北京の緯度は、日本の秋田県くらいですが、5月から9月末までの間、30度から40度を前後する気候となり、結構暑いものです。しかし、元来日本では高校球児からサッカー少年にはじまり、焼けた鉄板のような真夏のグラウンドでの練習は、つらくはあるけれど、さして違和感はないものです。。むしろ、練習の時に好んで日陰を選んでは、なんだか軟弱な気がしました。、暑い中でも運動し続けられる体に鍛え上げるべきたと考えて、敢えてひなたで練習していたのです。
老師は私を見つけると、今後はできる限りひなたを避けて練習するように言い渡しました。この高い気温のなか、しかもひなたで練習を続けたら、当然大量の汗をかく。体中の血液も水分を失い粘度が高まる。粘度が高まれば、それを押し出す心臓の負担も非常に大きくなる。「八卦掌で鍛えたいのはこれではないんだ。わかったか?」とおっしゃっいました。私はその時は、分かったんだか、分かっていないんだか、よく分からなかったのですが、どういうわけか妙に納得してしまい。それからは好んでひなたで練習することを止めました。今では老師が言わんとしたことがよく理解できます。
また、そんな練習で本当に身体が丈夫になるのかと思う方もあるかもしれません。AとBの基本モチーフでは、Bが身体全体の調整と回復の機能を持つと説明しました。(「進化の反面」ご参照)。その観点からすれば、身体操法とは、Bが一番働きやすい状況下での運動(=新陳代謝が活性化している状態)と言うことができます。身体を回復させ、また丈夫にしたいのであれば、これほど好都合な状態はないといえるかもしれません。また、八卦掌では、この基本練習に、「易筋、易骨、易髄」の効果があると謳っています。この場合の「易」とは、「変化する」という意味を持ちます。従って、「易筋、易骨、易髄」とは、筋肉と骨と骨髄を健全化させることができるといっているわけです。筋肉や筋が太く丈夫になり、骨密度が上がり、髄も充実するといいます。易髄に至ると、骨髄が健康で良質な血液を作り出すので、当然全身が健康になります。全身が健康になると、自然と精神が旺盛になります。健康で元気になれば、当然力も湧くだろう。私が学んだ武術ではこういう風にいうわけです。苦しい運動を身体に強いなくとも、身体は丈夫になる。なんとなく、その理由がお分かり頂けたでしょうか。

◇身体のどこかが痛んだら練習を止める
どこかが痛んだら、練習の方法が間違っています。まずは、痛みが取れるまでその練習は止めてください。そして、また痛くならないよう練習方法を改める必要があります。自分で改善できない場合は、できる人に直してもらいましょう。ここでも、筋肉に負荷が感じられるから動作が正しいに違いないと安直に考えるのは禁物です。日頃使うことのなかったインナーマッスルに急激に負荷をかけることで、その部位を激しく損傷して激痛が起きる可能性もありますので十分注意が必要です。

◇意識的に動作に集中できない時は、集中できるまで休む
正しい動作ができてしまえば、むしろ何も考えずに、その動作を繰り返すことは大切になります。ですが、正しい動作が掴めていない時に、間違った動作を繰り返すと、疲れるだけで効果が上がらずせっかくかけた時間が無駄になります。もう一方で、線条体が間違った動作を習慣として記憶してしまうため、それ以降動作を改めるのが容易でなくなります。ある程度はしかたのないことですが、できるだけ注意するに越したことはありません。集中しづらい時の一時間の練習よりも、集中した状態での10分の練習の方がはるかに効果的です。特に、仕事や家事や子育てで時間を抽出するのが大変な方は、疲れているからこそ、短い時間でも構わないので、リラックスできる時間、精神が疲労していない時間に少しずつ学習を進めるべきです。

◇競争しない
これまでのどの項目も重要ですが、この「競争しない」ということも大変重要です。実は恥ずかしいのですが、自分は大変負けず嫌いです。だったら、負けないようにすればいいのですが、負けっぱなしの人生と言っていいくらい競争では負けてきました。それだけ負けたのだから、負けることに慣れればいいようなものですが、これが、いつまでたっても負けず嫌いで、同じ土俵で他の人と比較されるのが大嫌いです。比較されると練習する気をなくすほどです。私と違い、何をやっても飲み込みが早く、競争がプラスのモチベーションになる人は結構ですが、そうでない人は、少なくとも身体操法を学習する時だけは、自分と他人を比較するのを止めてください。「自分にはできない...どうしよう」とか、「自分だけ学習が遅いようだ...どうしよう」とか考えるでしょうが、そういうことが気になると、肝心の意識が目的の動作に集中できません。それに、身体操法で求める動作は、初めのうちは本当になかなか思ったとおりにできないものです。多くの人は今までに経験したことのないほど、ままならないと感じるでしょう。ですが、そのままならない部分が、超えるべき目標の壁なわけで、壁がどこにあるのか分からなかった状態からすれば、飛躍的な進歩であることを考えてください。
そして、競争/比較をしてはいけない理由は他にもあります。、「究極のパズル」で書いたとおり、身体操法修得は、学習者一人一人への大きな謎解きでもあります。そして、この謎は本人にしか解けません。本人にしか解けないそのしくみは、AとBのモチーフにあるとおりです。誰も肝心なBの説明をしてくれません。それに、AとBのモチーフにおいて、Cというメディアを確立させ、それを足場にAとBの協力状態を強固にしていくという順序は、誰にとっても同じですが、実際のところ、人はそれぞれA寄り(A意識の使用の方が得意)の人と、B寄りの人(B意識の使用の方が得意)とがあり、そのバランスや個性は一人一人異なります。動作の学習においても、理論を事細かに説明すると前に進める人、理論が分かれば前に進めるが、人から理論を説明されるのが嫌いな人、理論自体が嫌いで、体感を何よりも重視する人、など、それこそ千差万別です。また、身体操法で学ぶ動作は、見た目の動作の違いが非常に見えにくいものです。初めて見た跳び込みの試合で、素人目には、どれが高得点なのか判断できないのと似た理屈です。違いは確実に存在し、決定的な違いでありながら、外見上の違いは非常に小さい。つまりは、それだけ含意が多いので、たとえ動作の模倣という点において学習が遅いようでも、その意識的な部分の学習は進んでいるかもしれないわけで、誰が本当に学習が早く、誰が遅いのかということは簡単にはいえません。だから、自分で自分の学習進度を遅いと断定すること自体がナンセンスです。それに、身体操法の修得により獲得したいものは、健康であり、肉体と頭脳の能力開発です。今できないからといって、あせって簡単にあきらめるべきことではありません。修得できれば一生役に立つ能力なのですから、他人と競争しても仕方ありません。10年かかっても20年かかってもいい、着実に進歩している実感と、正しい方向性がみえたのであれば、ずっと後のことを見据えて、ゆっくりと、しかし確実に進めるよう向かい合うことをお勧めしまます。

また、逆説的ではありますが、身体操法は、初めにできない人の方が、学べる部分が多いことを意味します。ですから、目標までの到達時間が早いか遅いかは別問題で、いずれにしても最終的には目的にたどり着けるのであれば、問題の多かった人の方が、得るものが多くなります。自分だけできなければ、悔しがるよりも先に、どうして自分だけができないのか、他の人との違いを余計に考えるきっかけをその人だけ持っていることになります。中には、(おそらく1,000人に一人くらいは)余り悩まずに、さくさくと吸収できる人もいるでしょう。こういう人は、習わなくともAとBの協力点をしっかりと把握できているひとで、いわば、天才タイプです。しかし、残念ながら、こういう天才タイプの人は逆に、身体操法をあえて学んで修得できることは少ないでしょう。こればっかりは、どうしようもありません。修得の早い人が同じように得るものを増やしたいのであれば、できない人がなぜできないのか、どうして自分はそこまで苦労せずともできるのか、その理由を努力して考察する必要があるでしょう。身体操法の学習とはそうしたものです。

1 前書き
2 はじめに
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【概要】 二つの意識のメリットとデメリット
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【概要】 天才の性質を説明し、かつ、身体操法は天才でない人が学ぶための方法と説明
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12 進化の反面
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【分類】 意識
【概要】  Bの性質の理解と活用法
17 師弟関係とは 身体操法の普遍性
【分類】 文化
【概要】 様々な分野での活用の可能性
18 パラダイム変換に関して
【分類】 パラダイム変換
【概要】 身体操法を通じて柔軟なパラダイム変換能力を身につける
19 姿勢と健康
【分類】 健康
【概要】 姿勢と健康



究極のパズル

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どうして健康になるのか


初めてこのブログにお立ち寄り頂いた方には、前書からご覧いただくことをお勧めします。

「進化の反面」で説明したとおり、ヒトがヒトに進化する前に体をコントロールしてきた指令システムは、意識が覚醒している時は、一緒に働きにくいし、体調を整えることが難しいことを知っているため、意識が休んでいる状態で本領を発揮し、体調を整えます。これが、身体操法を体得すると、意識が覚醒している時でも意識的に、体が一番喜ぶ状態を作れるようになります。この意義は非常に大きい。体や精神が疲れたと感じた時には、その原因となる状態を回避し、回復にベストの状態を作り出せるようになります。

また、今回のブログでも「進化の反面」の内容にもう少し追記したいと思います。これも思い切った仮設かもしれませんが、一考の価値はあると思っています。それは、頭の位置についてです。全身をつかさどる中心はどこにありますかと聞かれたら、考え方によって答えはまちまちかもしれません。全身の血流ポンプである心臓、あらゆるシステムへの司令塔である脳(頭)、また、全身運動の起点となる丹田など、どれが唯一の正解で、どれが不正解とはいえないものです。ただし、ヒトに至っては、その大脳の発達により、おそらくは、他のどの動物よりも脳のカロリー消費量が桁違いに多いだろうと想像されます。ということは、その分だけ、血流で酸素と栄養をきちんと運び込まなければいけません。ですが、それだけの血流量を必要とする大脳(頭)が身体の一番上についているのは、重力に逆らい血を運ばなければいけないことを考えると非常に不合理と言わざるを得ません。自然、四つ足の動物よりも心臓への負担は大きくなるのではないでしょうか。一方で、頭の位置へのアンチテーゼとして考えたいのが臍の位置です。生まれてくるまで(胎児のとき)は、血流と栄養の供給源は臍だったはずです。(※胎児の時は頭が逆さですが、四つ足なら地面と平行でしょう)こう考えると、ある条件下では、臍の位置が体の中心ではないかとも考えられるようになります。

いったん話を元に戻すと、常に脳が大量の血流を必要としている状態は、体への負担が大きく、健康を害する恐れがあるのではないかということです。体を起こしていて、且つ意識が覚醒している状態において、人が進化で発達させた脳部位(脳容量の大部分を占める)が活発に働いている時間が長くなると、全身の血が重力に逆らい、頭部を筆頭に、心臓よりも上位の身体部(心臓、背中、肩、首、頭部)に集中するようになるでしょう。前述のとおり、心臓への負担は大きくなります。また、ここに集中しがちな血液が、うまく全身を循環しなくなると、肩コリや頭痛を生む原因ともなりかねません。また、肩周りの筋肉の緊張は、上体全体の緊張を連動的に引き起こします。精神的なストレス状態(頭に血が上り、赤面する状態)は、まさにこの状態で、上半身、肩、首が緊張して、血流が悪くなり、両手は冷たくなります。上半身の緊張により、胴体は締まり、臓器は上へ若干移動し、呼吸は浅くなり、臓器の圧力が心臓をより圧迫することになります。

身体操法で目標とする動作は、故意に手作業用の運動システムを停止させ、四つ足の動物がそうであったように体全体の協調性のある動作を意識的に取り戻すことといえます。(「手作業の意味」参照)。つまり、手を起点に始まる腕、肩、背中の筋肉が緊張しないようにして行う動作です。より末端に近い関節につながる筋肉が始めに緊張すると、その関節は固定され稼働範囲の自由度を失います。そうすると、目的とする丹田からの体全体の協調性のある動作は実現不可能となります。いずれにせよ、身体操法で求める動作と姿勢が正しくできている状態では、上半身は全体的に力が抜けて、臓器の位置が全体的に下がり、無理に腹式呼吸をしなくとも、臓器の下がりに伴い自然と横隔膜が下がり、意識をせずとも呼吸が深くなるり、臍下丹田(下腹)に自然な張りを得ます。運動をせずとも全身が温かくなり始めます。

以上が、身体操法の学習でどうして健康になれるかの説明です。」

1 前書き
2 はじめに
【分類】 意識
【概要】 基本モチーフの説明
3 凧と凧糸 意識の操作と運動 
【分類】 意識
【概要】 企みが悩みになる意識の性質
4 光のしぼり 意識の性質
【分類】 意識
【概要】 二つの意識のメリットとデメリット
5 天才とは
【概要】 天才の性質を説明し、かつ、身体操法は天才でない人が学ぶための方法と説明
6 人間の進化の本当の意味
【分類】 進化
【概要】 企てたヒト 立ち止まって、動くのを止めて考えることを選んだ
7 身体操法で目標とする動作
【分類】 動作
【概要】 意識しなければいけないのに、意識すると難しくなるという矛盾
8 身体操法における動作要領
【分類】 動作
【概要】 具体的な動作要領
9 今の時代における身体操法の意義
【分類】 文化
【概要】 意識と行動を密着させる感覚を取り戻す手段としての身体操法
10 情報の整理
【分類】文化 
【概要】 普及しにくかった理由、時代を客観的に理解する
11 手作業の意味
【分類】 進化
【概要】 進化の流れから手作業の意味を解く
12 進化の反面
【分類】 進化
【概要】 ヒトの進化のデメリット
13 どうして健康になるのか
【分類】 健康
【概要】 身体操法と健康
14 究極のパズル
【分類】 パラダイム変換
【概要】 難しくて面白いパズルを例えにした説明
15 身体操法学習上の禁止事項
【分類】 練習容量
【概要】 具体的な練習方法に関して
16 AとBの性質の理解
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進化の反面


初めてこのブログにお立ち寄り頂いた方には、前書からご覧いただくことをお勧めします。

恐竜のような身体の巨大化という進化をした動物にも、メリットもデメリットもあったでしょう。あらゆる生物はお互いに共存関係にあるため、進化(=変化)はその生物種内部への影響にとどまらず、同じ連鎖内のすべての生物へ色々な影響を及ぼす可能性があります。恐竜が身体の巨大化により大きな体力を獲得し、地上最強の動物になったとして、仮にその種の個体増加が食糧不足を招き食物連鎖バランスを壊して自滅してしまったのだとしたら、巨大化は、強い動物になるというメリットと、自滅の要因を招くデメリットの両面をはらんでいたことになります。何らかの変化というのは、いいことだけでなく、また悪いことだけでもなく、常に両面をもっていると考えるのは、一つの有意義な思考法だと言えます。変化というのは待った無しで起こることが多々ありますが、その変化をよく理解分析し、その変化の両面を把握してはじめて、メリットの有効利用と同時にデメリットの回避を考えることができるからです。

これまでの記事でヒトの進化について何度か触れてきましたが、敢えてその危険性についても考察しておきたいと思います。ヒトの進化は、これまでの生物史の中でも画期的なものでした。それまでの生物の進化は、自然環境のなかで自分の体をこれまでの生物にはない独特な変化を持つことで、生態系内での新たな場所を獲得し、生物の個体数を増やすことを意味していましたが、ヒトに至っては、道具を用いて自然環境をヒトの生活に合うように変化させることで、目まぐるしく生態系を変動させながら、爆発的に個体数を増やしてきました。進化の種類が画期的に違います。

ヒト以外の生物→ 身体形状を変化→ 違う自然環境に適応
ヒト   → 道具の創作   → 自然環境をヒトの生活に合うように変化させる

どうして、ヒトにはそういうことが可能だったのかというと、これまでの説明に戻るのですが、つまり、意識が現在という地面を離陸することで、俯瞰的に時間軸を眺めることができるようになったからだと言えます。ヒトに至って、ようやく過去→現在→未来という時間軸を認識できるようになり、かつ大脳で吸収した情報をこの時間軸を基に整理することに成功したのです。このことのメリットに関しては紙面を割くには多すぎます。ヒトの発明とその恩恵は、全てを記載するだけで膨大な量に上るでしょう。

一方、そのデメリットに関して考える機会は少ないのではないでしょうか。まずは、身体的なデメリットといわれていることについて取り上げます。四足の動物は天敵に襲われた時にできるだけ致命的な負傷を避けるため、内臓や動脈が歩行姿勢における内側、或いは下側になるような体の作りになっています。ヒトは、二本足で立ち上がったため、襲われると危険な臓器部分をさらけ出して歩く姿勢となりました。そして、サルとヒトの平均的な運動能力を比較した場合、明らかにヒトはサルのような敏捷性を持ち合わせていません。つまり、危機的状況下でそれを回避できる運動能力は二足歩行により低下したといえます。また、現代人はかなりの割合で腰痛を抱えていますが、これも二足歩行による、腰への負担が原因となっています。このほか、大脳の拡大にともない頭蓋が大きくなりましたが、これにより出産の際の産道通過が難しくなったとも言われています。本来出産前に、胎内でもっと成長すべきところ、産道を通過できる大きさで生まれるため、出産後の育児に多くの時間がかかるようになったという学者もいるようです。

ここまで物理的な側面から話を進めていましたが、もう少し別の角度から話を続けたいと思います。脳の進化の例えとして、パソコンの話を少ししておきます。新しい画期的なソフトが発売されたとします。そのソフトを使うと、過去や未来のシュミレーションが可能となります。但し、そのソフトをインストールするためには、桁違いの容量を持つハードと新しいOSが必要です。そのソフトを使うためには新しいパソコンを購入する以外に方法がありません。一方、そのソフトの使用を考えずに、現状こなさなければいけない仕事だけの機能であれば、現行のパソコンで十分に対応可能です。但し、このPC内に蓄積してきた情報は、新しいOS下では使えないデータであることが分かりました。そこで、古いパソコンはデータ保管用として、必要なときだけ立ち上げることにしました。ちなみに、自分の部屋で使用できる電力量は限られているため、二台同時に立ち上げることはできない状況です。つまり旧パソコンを立ち上げている時は、新しいパソコンが使えず、新しいパソコンが起動中の時は、古いパソコンを立ち上げられません。(私はパソコンに余り詳しくないので、おかしな点があるかもしれませんが、大筋では理解してもらえることを期待します)

ヒトの脳でも似たようなことが起こったと考えられます。現行のPCとOSが、進化前の脳。これでも、動物として、最低限安全に生きていくための脳及び全身の統制システムを一通り揃えています。新規購入PCと新OSは、サルがヒトに進化する過程で発達した脳部位。これで新しいソフトを操作します。PCの動力源である電気は、脳の活動に不可欠な酸素や糖分を指します。問題は、現状では両方の脳部位を同時に使用できないことにあり、電源の主導権をどちらか一方が替わりばんこに握ることになります。そして、ここが重要なところですが、新しい脳部位だけでは、動物として生きるためのインフラがきちんと働かない。つまり、身体全体が健康を保つための調整機能、疲労回復機能、反射的な危険回避運動機能、無意識化で集積した大量の情報整理機能は、旧OSでないと働かないわけです。そこで、旧PCとOS(つまり、進化前の脳部位)は、新しいPCとOSが休んでいる時(=進化の過程で発達した部位の脳が寝ている時やボーっとしている時)に、本領を発揮してメキメキと働きます。

ヒトの進化を改めてこのようにとらえると、進化のリスクがよく見えてきます。新しいソフトを入手するのと引換えに、電源の主導権を二つに分割してしまいました。それに、古いPCには、天敵から身を守るために敏捷に動くためのシステムデータと、全身を健康に保つためのシステムデータが残されたままです。万が一、新しいソフトが不良品だったなら、ヒトの歴史は即座に終わっていたでしょう。

ところで、ふたを開けてみたら、このソフトは非常に役に立つことが分かりました。リスクを冒す価値が十二分にあったといえます。この40万年のヒトの歴史は、そのまま、この非常に複雑なソフトの使い方の学習期間であったともいえます。そして、経験値の絶え間ない増加と社会の拡大に伴う情報交換の加速化により、こと近現代では情報が急速に集約され、ソフト活用の最も効率的な使用手段(科学)が密接に経済的な利益とつながるようになりました。科学とお金でしか生きることの価値が測られない社会に生きる個人は、当然のことながら、このソフトをうまく使いこなし、また、そのために新しいPCとOSが稼働している時間を増やそうとします。また、過去と未来のシュミレーションができるソフトでは、変動値の項目を増やし、より遠い未来を推測することが不可能ではありませんが、変動値項目を増やせば、当然解答をはじき出すまでに、大きな電力と時間を要します。そうやって、新しい変動値情報を次々に入力していって、いつ出るのか分らない答えを待っている間、ずっと電源が切れないわけです。このようになると、ヒトはヒトである前に、動物として生きる基礎的な機能に支障をきたします。長くなりましたが、これがヒトの進化による最大のデメリットだと考えられます。

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手作業の意味


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「身体操法で目標とする動作」で指の使用と脳への刺激の関係について書きました。ここでもう少し人の手作業の意味について付け加えたいと思います。人は手を使って道具を作るようになりました。二本足で歩くようになり、空いた前肢(両腕)を利用したということに何の間違いもありませんが、そこにはもう少し深い意味があります。道具を作る際に、特に細かい細工を施さなければならない時には、手や指先に体全身の振動が伝わってはいけません。体全身の振動が常に伝わっていたら、蝶蝶結びや、こまやかな彫刻なんてとてもできません。そこで体全体の協調性のある動作から、手作業(手の運動)だけを分離させる必要がありました。至極当たり前のことのようですが、四足の動物は四肢のどれか一本を少し動かしただけでも、体全体の重心が必ず移動するため、その状態でもっとも次の動作に移りやすい、或いは、もっとも体力効率のよい(=疲労の少ない)姿勢を作るように、体全体の筋肉が協力して微調整に入ります。動物が魚から爬虫類に進化して手足を得て以来、この全身の筋肉が協調して動くシステムは、運動効率を支えるための最重要課題として体と脳に記憶されてきたもののはずです。ですから、二本足でバランスを取って立つことに成功できたからといって、そのあとすぐに腕や手を今のヒトのように自由に動かすことができたかといえば、そうではなかっただろうと思います。二本足で立ってはみたものの、体を動かすシステム自体は四足で歩いていた時の旧システムが作動したことでしょう。手だけを動かそうとしても、その旧システム(線条体)が即座に反応して、妙に全身が連動して動いたものだろうと想像されます。その後、手だけを自在に動かせるようになるためには、試行錯誤と体への動作の刷り込みがあり、線条体が記憶していたシステムを少しずつ大脳へと書き換え、こうして徐々に手が器用に使えるようになったのでしょう。また、この過程で、サルにはみられなかった大脳の発達が起きたのだと推測します。

さて、身体操法で求める動作は、故意に手作業用の運動システムを停止させ、四足の動物がそうであったように体全体の協調性のある動作を意識的に取り戻すことといえます。体の一部が動いたら、それに連動して体全体が動くように訓練します。もちろん、これは退化ではありません。目的を持ち、その運動状態を獲得するために意識的に訓練するわけですから、人間にしかできない行為です。そして、ここまでブログを読んで頂けたのならすでにおわかりの通り、この運動は、人間ができることのなかでも、もっとも難易度が高く、つまり、非常に高度で知的な行為だと言えます。

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情報の整理


初めてこのブログにお立ち寄り頂いた方には、前書からご覧いただくことをお勧めします。

このブログで紹介している内容は、おそらく日頃から頻繁に考える分野のものではないため、或いは多くの人にとって、消化しにくいものかも知れません。そこで、少しずつ吸収しやすいように、同じモチーフの話について、角度を変えながら、繰り返し説明していきたいと思います。

身体操法の学習で使用したい動作は、中国武術の基礎練習からの引用です。中国武術にも星の数ほど流派がありますが、私の学んだ流派では、いわゆる現代スポーツのように、使用したい筋肉や心肺能力に負荷をかけ、伸ばしていくという方法をメインに据えるのではなく、今ある能力のまま、運動の質を変化させることを主目的としていることがあります。これは手品でもなんでもなく、少し説明を加えれば理解できるものです。たとえば、より遠くへ、より力強く、より早く動く能力を身に付ければ、戦闘能力は上がります。これは分かりやすいですよね。遠くから目にも留まらぬスピードで攻撃を仕掛けられたら、とても対処できません。一方、より小さい動きの中に、より大きなエネルギーを生み出すことができたら、理論上、距離とスピードという二つの比較条件を排除することができます。なぜならば、遠くからの敵の攻撃が自分の体に当たるギリギリ直前まで、こちらは動く必要がなくなるので、その時間分だけ、よく敵を見て、判断して、変化することができるようになるからです。発想の転換であり、弱者の理論です。同じものさしの上で戦ったなら、先天的な身体能力(膂力)の差で勝機を見出すことができない。それでも何とか勝つために、土俵の形を変え、別のベクトルへ能力を伸ばすことを考えた人が過去にいたのです。これが運動の質を変えるという意味です。また、この種の武術は、鍛錬を続けると、精神も肉体も健康になることが分かりました。それが有名になると、これらの武術は養生が主目的であり、実戦では使えないと言われる風潮が生まれました。こういわれるのには、練習方法の違いに起因しているのでしょう。前者のように、より遠くへ、より力強く、より早く動く能力を身に付けたいのであれば、文字通り、より遠くへ、より早く、よりパワフルに動けるよう日頃から相応の負荷をかけて、激しく練習しなければなりません。これは傍目に見ても分かりやすい。ですが、後者では、動いているのかどうかも分からないようなスピードで、できるだけ力を抜いて運動をするように強います。これでは、その理屈を知らない人が見て、誤解しても仕方ありません。しかし、実際のところ、後者の武術において、その成り立ちから、武術的要素と養生の要素は不可分で、どちらか一方だけを取り出すのは不可能なはずのものです。中国武術は、歴史的には命のやり取りのために実用一点で発達してきた一面があります。現在のように、大会で1番になった人の写真や名前が世界中であっという間に公表されるということもありませんでした。強い人が命を狙われないためには、できるだけ目立たず、人前で腕を見せず、いざという時は、誰がやったのかわからない速さで仕留める。風貌も、むしろ、一見しただけでは達人に見えない方が、敵も気を抜き勝機は上がったかもしれません。私は、先天的な身体能力(膂力)を生かし、格闘技をしている人を否定しません。先ほどの通り、そういう訓練に大量の時間を割いている人は強いに決まっています。私の学んでいる武術は、そういう訓練をしている人をとても強いと認めているからこそ、別の訓練をしていると言えます。

さて、中国武術の源は、インド人ダルマにより中国に伝えられとされています。インド人は世界で始めてゼロ(0=無)を発見した民族であり、それを元に仏教が生まれました。ヨガという健康法の発祥地でもあります。私は、仏教もヨガも学習したことがないですが、武術を学んでいる体験上から、仏教における禅、瞑想、ヨガが人にもたらす効用は、私が身体操法として掲げる効用と共通のものではないかと考えてます。もし、その仮説が正しいとすれば、これらの文化は、その優れた効用をもって非常に古くから世界中に普及していたといえます。ところが、それだけ長い間広く普及したものにもかかわらず、その感覚が身近な実感をとして伝わってきません。私はそのように感じるのですが、皆さんも同じではないでしょうか。そこで、改めて、この効用の性質を振り返り、なぜ、もっと広く庶民のレベルにまでこの文化が実感として浸透できなかったのか考えてみたいと思います。

といっても、また新しい話を展開するのではなく、また基本モチーフに立ち返ります。ポイントは、ここで普及させたい優れたことが、AとBの協力によりなりたつCという状態だということです。Cは、基本的には個人として自分の中で培う感覚です。これを普及させるためには、自分以外の第三者に伝わる形にしなければなりません。皆さんが知っている例を挙げるならば、名選手が名コーチになれるとは限らないこと、あるいは、天才がその才能を理論的に説明できるとは限らないという理屈と似ていて、Cという個人的な感覚を形にするのは非常に困難です。なぜなら、理屈や形に表現するにはA群の意識を用いなければなりませんが、AにはBが見えないため、正確にCを表現することがそもそもできません。感覚で説明したのでは、普遍性に欠け第三者には真似ができない、そして、説得力を持てません。これが一つの側面で、いわば正当法です。(実際には、人のCを表現したい欲求は、生きる感動と明日へのモチベーションと密接につながり、非常に大きくて抑えることはできず、多くは芸術として形を得て表現され続けています。)

もう一つの普及の方法は、少し裏をかいています。A群の意識を用いた表現がどうしても不可能だとわかり、なおかつ、Cを民衆に普及させてその効果を得ることは諦められないとします。そこで、Aの理屈とは完全に切り離された、もう一つ均整のとれた仮想世界を構築し、そこに、Cの効果を抽出できるシステムを盛込む方法です。「もう一つ均整のとれた仮想世界」とは、神々の世界で、その世界の均整についての説明は教義体系です。Cの効果を抽出できるシステムとは、様々な宗教儀礼を指します。色々な宗教が、「信じれば救われる」というのを耳にしますが、その通りで、その成り立ちから、Aをかなぐり捨てて、その宗教を信じなければ、Cという効果は発揮されません。ですので、多くの宗教は、時の権力と密接に結びつき、教徒に強制力を持とうとする傾向がありますが、これも、その成り立ちを考えると理屈に合います。ところで、宗教は、いつの歴史を通じても、人々の議論の対象となり、また、戦争の原因となってきましたが、それは当然の帰結です。その宗教を信じる人々がCという幸せの効果を維持したいのであれば、Aの理屈を受け入れるわけにはいきません。Aと分離することで発生した宗教が、宗教を信じないA意識の保持者と話し合いをして、話が通じるわけがないのです。

ところで、C感覚の普及について、主な二つの方法を説明しましたが、私は、そのどちらの試みも、もともとは、人が幸せになりたい、そして、他の人も幸せにしたいと純粋に願った心の現れだと理解しています。

一方話を本筋に戻すと、近現代は科学力が発達し、人々は宗教よりも科学を信じる時代になったといえます。ですので伝統的な宗教は、その基盤としてCを提供できる能力を失った、もしくは、大きく減少させてしまいました。科学はA意識の構築と形象化そのもであり、人は日常生活において幸せになるために科学力を行使する、あるいは恩恵に与っているのだから、宗教が説得力をなくす傾向にあるのも当然といえます。こうして、現在では、多くの人が宗教を失い、かつ、科学力に生活基盤を委ねることで、Cの必要性をも見失いました。ですので、Cの効果を持つであろう、宗教、禅、瞑想、ヨガ、武術は過去に広範に普及した経緯を持ちつつも、科学的説得力を欠くために、その影響力を失っていきました。(そうした社会的潮流への反動として、特に欧米では、ベトナム戦争の頃から瞑想やヨガは流行っているようですね。)

さて、このように巨視的に歴史を振り返ると、現代は人が今までに経験したことのない、ターニングポイントに立っていると見えてきます。人は、その歴史に応じて、その手段を変えつつも、何らかの形でCの効用を得る仕組みを社会に保ってきました。ところが、二つの世界大戦を経て、それ以降急激に、人は宗教を失い、そして、自然環境の破壊と、現行の経済システムや政治システムの破たんを見て、科学的手法にも明確な未来への解答を見いだせない状態でいます。こうしてCの効用を得ることがずにいることは、無防備の裸の魂で個人が世界と対決しているようなひどい緊張状態だと言えるのではないでしょうか。こうした大変な時代だからこそ、人々は自分の力で、自分の身体と精神の健康を守る方法を構築し、明るい気持ちで明日に向かっていくインフラを築かなければいけません。

(日本人としての備考)
ところで、日本人は神を信じない民族だと言われたりしますが、私はそうは思いません。自分が子どものころの記憶、両親の昔話、それに日本を歩いている時にあちこちで見かける、お地蔵さんや神社仏閣、それらを支えてきた人のエネルギーを想像し、その目的を考えると、日本人が神を信じなかった、あるいは、宗教的行事に積極的でなかったとは考えられないのです。村や町の祭りなどの定期的な行事を通じて、つい最近まで、ほとんどの人が、神道や八百万の神(アミニズム)と密接に関わってきたことを忘れがちです。私がいいたいのは、神道や八百万の神が素晴らしいということではなく、その生活に密着した行事を通じで、日本人はCの効果を多く得てきただろうという推察です。今はその時代背景から、全てのものごとを科学と経済性の二つのものさしで、必要かどうかを測りすぎるきらいがあると思っています。ある側面において、昔の人々は現代人よりも、自分にとって必要なものを実感として感じ取る能力に長けていたのではないかと思うこともあります。長い時を経て、色々な経験を積み重ね、生きていくのに必要な知識を文化として社会の中に残していく。たとえその当時科学的に説明できなくとも、経験実証的に正しいと分かるものも多かったでしょう。こと、Cの効果は、人の精神性を守る皮膜のような働きをするものです。私は人が住むどの社会においても、何らかの形でこれを守る文化があるだろう(あるいは、存在しただろう)と推察しています。

1 前書き
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