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素手と武器

最近の稽古では鞭杆(ベンガン)を取り入れている。鞭(むち)と書くだけあって材質は堅さに粘りを含んでいる。短くて携帯しやすいし、槍、杖、刀に見立てることもでき便利な道具だ。

取り入れてみようと考えたきっかけは、生徒さんに素手の感覚を客観的に摑んでもらうのに適当だと思えたからだ。素手も武器も習う武術では、多くの場合先に素手の稽古を積み、発展形として武器を学ぶ。一方、古来武術は武器術から生まれ、その発展形として素手の武術が編み出されたという説がある。

手っ取り早く敵を倒す、或いは殺すためには、岩でも棒っきれでも何でも武器を摑むだけで、人の殺傷能力は数段に上がる。だから、国を守る、あるいは敵国を滅ぼすことが目的で軍隊を設けたなら、そこで最初に専門的に編み出されたものは武器術であったろうというのが、その説の根拠の一つだ。日本では、戦のない太平の江戸時代になって居合という精妙な術が生まれたように、素手の精妙な武術も武器術の後から生まれたのではないだろうかというわけだ。

“武器を身体の一部として使う”という表現があるが、これは間違いであると仰ったのが親しくさせて頂いているM先生だ。“武器が身体の一部なのではなく、身体を道具(武器)として使うことができると、武器も使えるようになるのだ”と。当時、その言葉をきいてなるほどと思った。腕の力を使わずに相手に力を伝え制する、という手品でもなんでもない物理的な現象を自分の身体で再現できないひとがほとんどなのだが、その紙一重の違いをこの言葉は端的に表している。この違いを体得していれば、素手であろうが武器を持っていようが、身体の使い方の基本は変わらない。

棒には筋肉がないわけで、棒自体が力を発することはない。だから、生徒さんに棒で力の伝え方を体感して頂いている。かなり楽しいようである。よかった。

福岡八卦掌教室 指導員/大和晋(やまと しん)
HP http://baguazhang.web.fc2.com/
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