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師弟関係とは


初めてこのブログにお立ち寄り頂いた方には、前書からご覧いただくことをお勧めします。

AとBの協力関係を築くために、A、Bそれぞれの性質をこれまで色々と説明してきました。AとBの関係や仕組みが理解できれば、協力関係を築きやすいと思うからです。

ところで、誰に教わることもなく自力でAとBの協力関係を築くことに成功した人がいたとします。その人も当然、その理論的な説明をすることができません。ですが、理屈抜きで効果だけを得る方法まではっきりさせたとします。今回はこういう視点から話を進めてみたいと思います。

理屈抜きで教えるのには非常に困難を伴います。なぜなら、人間は、特に見た目でその効用が理解できない行動に関しては、理屈が理解できなければ、それに服従し難い性格を持っているからです。「尿を飲めば健康になる」と指導されても、普通の人はその科学的論拠が納得できなければその方法の実行に同意しないでしょう。たとえ、そう指導する人には絶大な効果があったとしてもです。そして、指導者からは、生徒の実行方法が正しいかどうか常に細かい指導が入ります。例えば、「自分の尿でなければ効果がない」とか、「1ヶ月以上毎日継続しないと駄目だ」とか、「朝一番の尿でなければ意味がない」とかです。ですが、生徒の方では、間違いを指摘されても、どちらがどう正しく、どう間違っているのか理解できません。どうしてそういう方法をとらなければならないのか、理論的な理解ができないので、効果を自覚できる段階に至るまでは、具体的な方法に関して正しい方向性を自主的にはつかむことができません。

ところで、生徒が望む効果を得るためには、たとえその理論が分からなくても、もうその方法に従う以外他に方法が全くなかったとします。その状況下において、教える側と教わる側はどういう風になってしまうでしょうか。教える側は具体的なやり方だけを学ばせるが、生徒には一切の説明を加えない。生徒の方は、教える側の言う通りにするが指導者には一切質問をしない。理屈で理解し合うことができない場合、質問や説明は意味を成さなくなりますので、こうなってしまいます。たとえば、その内容の修得に必要な標準年数が10年だったとします。この長期間にわたり師弟関係が成立するには、それなりの条件が必要です。たとえば、その一つは強制です。その関係を選ばざるを得ない立場にある。もう一つは、信頼です。指導者が過去に大変な実績を持つ権威者である場合。あるいは、指導者が人間的に全幅の信頼を置ける人物である場合です。

師匠の言うことには絶対服従で、それについて質問することすら許されない。習うより慣れろ。技は見て盗め。なんかどっかで聞いた話ではないですか。すでに古臭く感じられるかもしれませんが、日本の伝統職人や芸事はかつてはこのようにして教えられてきたはずです。

あくまでも、個人的な空想の枠を出ないのですが、仮に師匠が弟子に本当に伝えたいことが、ただの理論的な知識や技術(つまりA的な知識や技術)ではなく、さらに一段レベルの違う知識体系(AとBの協調関係を築きそれを利用すること)だったとしたら。私はこの空想があながち大ハズレではないと思っています。

もし、長期の師弟関係を築く中で、お互いに人間的な信頼関係を得て、一切の理屈を介さずに、人間が得ることができる知識の中でも最も最高級の部類に属する知識体系を教える/学ぶことができたならば、それを成し遂げた時の双方の感動はひとしおでしょう。

もちろん、こういう主従関係は、そうしたきれいごとだけでは済まされない可能性も非常に高いものです。生徒は先生に絶対服従することが建前ですから、指導者側はその力を笠に着て本来教育とは関係のないことを生徒に強制させるのは糸も簡単なことです。また、指導者がその道の権威であれば、その威光を利用して、生徒から不当にお金を集めるのも簡単です。そして、そういうことは本当にあったでしょう。こうした師弟関係に基づく学習方法が現代において廃れてしまった原因として、以下のことがあげられるでしょう。一つは、科学の発達により、昔の知識や技術自体が淘汰されてしまった。生産関係の技術に関しては、これが大部分を占めるでしょう。もう一つは、ただ食べて行くだけならば、Aの知識と技術だけで十分だとして、それを習うために科学的説明のない師弟関係を結ぶのでは学習効率が悪すぎる。もう一つには、権威ばかりが先行して、実際にはたいした知識も技術も持ち合わせていなかった人が、科学分析によりその無効性を明かされてしまった。

ですので、こういう師弟関係を現代人も取り戻すべきだとは、私は毛頭も考えていません。ですが、一方で、かつてそうした師弟関係のなかで何かを教えたり学んだりした人たちには、ただの技術や知識を超えたものを伝承した人もいたのではないかと推測していますし、また、そうだったという仮定で、とくに過去に長く継承された文化に関しては、その意味をもう一度考察してみるのは価値のあることだと考えています。これを考察する上で面白い点は、そうとあからさまに分かる表現形式が残っていないことです。むしろ、逆説的ではありますが、科学的な解釈だけでは、なぜ昔の人がそのことに深く執着したのか不思議だと思われる文化ほど、(大げさに言えば、科学的には胡散臭いものほど)本物であった可能性は高いのではないかと思われる点です。

とはいえ、私がそう考えるのにも少しは根拠があります。上にも記述した通り、伝統工業や芸事に多く師弟関係が見出されたのですが、いずれの場合も、道具を用いて、毎日長時間の肉体作業を伴うものです。そして、その過程で生産されるものが実用だけの枠を超えて、美を生み出すまでの技術を伴うとしたら、標準的な合格基準を超えたアナログ的な違いを出せないと世間から評価されないでしょう。そして、肉体作業により何かを生産する場合、力が必要であるのは間違いないのに、ただ力を入れるだけでは、理想とする生産ができない状況が生まれます。そして、生産に際して、同じ動作を長時間繰り返す必要がある場合、高い生産効果を維持しながら、最も疲労しにくい体の使い方を修得することが肝心となります。そして、「手作業の意味」でも記載した通り、もしも、その理想とする動作が、動物的な身体全体を協調させたものだとしたならば、道具を用いた、つまり、手作業が中心の動作との融合は、人にとってもっとも修得の難しい動作だということになります。

この技術は、A的な説明だけでは伝達不能です。ですので、これを本当に伝承していたのだとしたら、やはり、AとBを協調させる秘訣を伝承させていたと考えられるのです。それは、その分野での最高の技術であると同時に、分野を超えて人が自分の人生の舵取りをするための秘訣だったと思うのです。

1 前書き
2 はじめに
【分類】 意識
【概要】 基本モチーフの説明
3 凧と凧糸 意識の操作と運動 
【分類】 意識
【概要】 企みが悩みになる意識の性質
4 光のしぼり 意識の性質
【分類】 意識
【概要】 二つの意識のメリットとデメリット
5 天才とは
【概要】 天才の性質を説明し、かつ、身体操法は天才でない人が学ぶための方法と説明
6 人間の進化の本当の意味
【分類】 進化
【概要】 企てたヒト 立ち止まって、動くのを止めて考えることを選んだ
7 身体操法で目標とする動作
【分類】 動作
【概要】 意識しなければいけないのに、意識すると難しくなるという矛盾
8 身体操法における動作要領
【分類】 動作
【概要】 具体的な動作要領
9 今の時代における身体操法の意義
【分類】 文化
【概要】 意識と行動を密着させる感覚を取り戻す手段としての身体操法
10 情報の整理
【分類】文化 
【概要】 普及しにくかった理由、時代を客観的に理解する
11 手作業の意味
【分類】 進化
【概要】 進化の流れから手作業の意味を解く
12 進化の反面
【分類】 進化
【概要】 ヒトの進化のデメリット
13 どうして健康になるのか
【分類】 健康
【概要】 身体操法と健康
14 究極のパズル
【分類】 パラダイム変換
【概要】 難しくて面白いパズルを例えにした説明
15 身体操法学習上の禁止事項
【分類】 練習容量
【概要】 具体的な練習方法に関して
16 AとBの性質の理解
【分類】 意識
【概要】  Bの性質の理解と活用法
17 師弟関係とは 身体操法の普遍性
【分類】 文化
【概要】 様々な分野での活用の可能性
18 パラダイム変換に関して
【分類】 パラダイム変換
【概要】 身体操法を通じて柔軟なパラダイム変換能力を身につける
19 姿勢と健康
【分類】 健康
【概要】 姿勢と健康



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