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武術と音楽、あるいは料理

食神


先日、いつも利用させて頂いている公民館のお祭りに生徒さんと八卦掌の演武で参加させて頂きました。別に特段武術に興味のない町民の皆様を前に、音楽なしの演武は面白みに欠けるだろうと思い、わざわざCDを購入して曲指定していたのですが、流れてきたのは頼んでもいないアロハでしたΣ(゚д゚lll)

アロハが流れるなか、ステージで投げ飛ばされる私って…

それはさておき、私の場合、稽古の時は、武術で養う大切な感覚の説明に、音楽や料理の話を頻繁に比喩として用います。

音楽なら、例えば、こんな感じです。

歌詞とメロディーの暗記が、套路(型)を覚えるということです。でも、いくら歌詞とメロディーを丸暗記しても、自分が気持ちよく歌えるようになること、あるいは聴く人の気持ちを動かす歌い方ができるようになるには、別にたくさんの技術が必要ですよね。それに、その技術の習得には、既にあるものの模倣以上に、自分で感じる能力が非常に重要です。

と、こんな感じです。

私は、完成された歌の歌詞とメロディーを教えることができます。あるいは、完成された料理のレシピを教えることはできます。ですが、それに対する感性や味覚を学習者に代わって鍛えることはできません。

実は、身体動作に対する感覚も、音感や味覚と同様、或いはそれ以上に個人差があります。そして、多くの場合、自分がどれくらい敏感/鈍感であるか全く分かっていません。自分の体は、自分が思った通りにコントロールできていると錯覚しています。特に、立ったり歩いたりと、誰にでもできる動作の場合なおさらです。

そして、そのように、多くの人が日常的に意識できないことを学ぶ時に、個々の学習者により効果に差があると、それは学ぶ人の才能や資質の違いとして片付けられることが多く、その差は後からは縮めにくいものと簡単に諦められてしまいがちです。しかし学ぶ本人が意識することができれば、後から補うことが可能です。

福岡八卦掌教室 指導員/大和晋(やまと しん)
HP http://baguazhang.web.fc2.com/
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